
最近、音楽雑誌等を読むと、クイーンは「伝説のバンド」とか書かれている。なるほど、「I WAS BORN TO LOVE YOU」が少し前にキムタク主演のドラマに使われ、ベスト盤も爆発的に売れたらしい。「WE WILL ROCK YOU」や「WE ARE THE CHAMPIONS」といった曲はスポーツ中継番組でもよく耳にするし、「KILLER QUEEN」はCMソングだ。若い子達にとっては観た事はないけど曲はやたらに知っているビートルズみたいな存在なのだろう。
1991年11月24日にボーカルのフレディ・マーキュリーがAIDSにより死去、グループの歴史も同時に幕を閉じてしまったけれど、やはり俺の、いや俺の世代のロックファンにとってクイーンは特別な存在だったのだ。クイーンをきっかけにロックにのめり込んだという人は沢山いただろう。彼らがデヴューしたのは1973年、俺はちょうどロックを聴き始めたばっかりで、ビートルズ、GFR、ディープパープルに夢中だった。ラジオから流れてきたシングルの「KEEP YOURSELF ALIVE」を耳にして、よし次はクイーンだ!と思ったんだ。その曲が入ってるファーストアルバムは今でも大好きなブリティッシュハードロックの1枚だけど、もっとショックを受けたのはこのセカンドだ。WHITE SIDEとBLACK SIDEに分けられたこのアルバムこそ、最高にスリリングでカッコイイ、ハードロックの名盤だと思う。ドラマチックなオープニングのWHITE SIDEも良いが、圧巻はBLACK SIDEで曲間無しで、次から次へとスピーディに曲展開し、クライマックスに昇り詰める構成はひたすらドラマチック。キャアキャアと良くハモるコーラスとブライアンメイの不思議な音色のハンドメイドギターがヘヴィに唸りを上げて突進して行く。これぞ俺が求めていたハードロックだ!とラストの「THE SEVENSEAS OF RHYE」を聴きながら一人で盛り上がっていた。サードアルバムの『SHEER HEART ATTACK』も最高で「BRIGHTON ROCK」や「NOW I'M HERE」「STONE COLD CRAZY」といった曲はまだ俺をシビレさせてくれた。ただこのあたりからクイーンはハードロックだけではないその音楽性の幅を見せるようになり「BOHEMIAN RHAPSODY」へと繋がるオペラ的な要素、ジャズやヴォードヴィル、フォーク、トラッドまで取り入れた、まさに「クイーン美学」とした言いようがないサウンドを聴かせるバンドへと成長して行ったという訳だ。
日本でアイドル的に人気が爆発したのも4枚目の『A NIGHT AT THE OPERA』からで同級生のロック少女達は皆、クイーンがベイシティローラーズ(ワカルカナァ?)のファンでキャーキャー騒いでいたっけ.... 野郎共は当然クイーンもローラーズも嫌っていて(笑)男の俺がファンだ等と言おうものなら随分馬鹿にされたものだよ。ま、その頃の俺はキッスフリークになってたんだけど、勿論クイーンも好きだったからね。
その後、徐々に熱は醒めていったけれど、初期3枚は今でも本当にカッコイイと思っている。その頃はまだ聴いた事がなかったツェッペリン、フー、イエス、ジミヘンドリックス。クイーンが影響を受けたそれらのグループよりも、彼らは圧倒的に若く、少女マンガの主人公みたいに(フレディでさえ)キレイで、新しかった。パンク以前のブリティッシュロックの集大成的役割を果たしたバンドと云った言われ方も、今は良く判る。
1979年、3度目の来日公演を武道館で観る事が出来た。それは本当に素晴らしいコンサートで、当時パンクロッカーへと変わりつつあった俺だけど、感動してしまったよ。『LIVE KILLERS』を聴くと、今でも鮮烈に思い出すなぁ。
フレディが亡くなったその日、俺はちょうど『理由なき世代』のレコーディングの真っ只中だった。正直クイーンはもうどうでもいいバンドになっていたと思うけど、少年時代を思い出したりしてやっぱり悲しかったな。
もしフレディが生きていたら今でも解散せずに活動していただろうか? キッスやエアロスミスのように.... そしたら俺はきっと観に行っただろうね。