2004年12月のロックンロール・レコード

[SIDE 18]  GIVE'EM ENOUGH ROPE / THE CLASH(1978)

 荒ぶる魂を音に託し、クラッシュロックが炸裂するセカンドアルバム。ミックジョーンズのドライヴィングギターとメロディックなソロが素晴らしく、彼がいかに才能豊かなギタリストであるかを証明した作品である。実際、俺がミックに強烈な印象を抱いたのもこのアルバムを耳にした時だった。特に「TOMMY GUN」に於けるプレイは見事で、あの有名なモールス信号のような単音フレーズと歌のバックで聴かれる裏メロには一発でヤラレてしまった。「STAY FREE」はポップセンスに溢れた名曲だし、そして何と言っても「ALL THE YOUNG PUNKS」! イントロの印象的なフレーズとコーラスも凄いが、やはりGソロだ。音色といい、フレーズといい完璧で、いつ聴いても胸を撃たれるよ。「ああ、いつか俺もこんなギターが弾けるようになりたい...」そう思ったものだ。
 一般的にはこのアルバムの評価はそれほど高くない。いやハッキリ言って低いと言うべきか... 骨と皮だけのファーストアルバムは聴き込むほどに味わいの出てくるような所があって、クラッシュの原点であると同時にPUNKの代表作として永遠に輝きを放ち続けるだろう。『LONDON CALLING』はファーストの延長線上にあり、より洗練されたガレージサウンドを持ち、より幅広く豊かにロックンロールの原点を見つめ直して、80年代へと向かうバンドのアティチュードを提示した名作だ。その間に挟まれたこのアルバムは分が悪い(笑)。ファーストの反省からか、よりラウドにけたたましく鳴り響くハードロック的な側面をマイナス視されたり、レゲエナンバーが入っていないと批判されたり...ね。余りに粗雑過ぎるという理由でファーストはアメリカで発売されなかったから、このアルバムに賭ける意気込みは、相当のものだった筈だ。レコード会社の薦めでハードロック畑のプロデューサー、サンディパールマンを起用したのもアメリカでの成功の足がかりを掴もうとしたからに違いない。また、映画『RUDE BOY』を観るまでもなく、凄まじいライヴを展開していた当時のクラッシュは、ピストルズ亡き後、パンクの第一人者として、荒々しさという意味ではピークにあり、汗と観客から浴びせられる唾にまみれてステージに立ち、戦っていたのだ。ジョーは若者のオピニオンリーダーとして、ミックは新世代のキースリチャーズとして、毎日のように英音楽誌を賑わせていた頃だ。そんな熱い季節に作られたアルバムが激しいものになったのも当然と言えば当然だろう。レゲエに取り組む気分でもなかったんじゃないかな。そして俺のような者はそのエネルギーに打ちのめされたのだからたね....
 1978年、クラッシュよりも「ロック」してるバンドなんて居なかったぜ。ストーンズよりニューヨークドールズよりキッスやエアロスミスより、フーやツェッペリンよりもクラッシュは身近で、兄貴的な存在で、憧れの対象として申し分ないニューヒーローだったんだ。俺は若かったし、勿論ジョー、ミック、ポール、トッパーも若かった。先の事をあれこれ考えるより「今」が全てであった。「今」をリアルに切り取ったバンドがそこに居て、それを全身で受け止めた者が居たという事だよ。「ALL THE YOUNG PUNKS」を口づさみながら、ね。
(2004.12.13)

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