
Feb.3 (Fri)
ロンドンとも今日でサヨナラだ。昨晩寝る前に荷造りはしておいた、まだ少し残っているのだが、朝食を済ませた後、どうにも我慢出来なくなって残りの仕度を相棒に押し付けて1人街へ飛び出してしまった。快く送り出してくれた相棒に感謝!俺はロンドンの街に別れを告げに行きたかったのだ。11時過ぎには戻らないと迎えの車が来てしまう、あと僅か2時間程しか無い。カムデンやノッティング・ヒルじゃ遠すぎる。やはりピカデリー・サーカス周辺に行くのがベストと判断した。そういえばカーナビー・ストリートのmercで『ブリティッシュ・ビート1960〜1969』という写真集を見掛けたな、その後本屋に行ったけど売ってなかったし買いに行くか…毎日通ったウェスト・ブロンプトン駅にも愛着が湧いて来ていたから別れが辛いね。
10時、開店直後のmercで写真集を購入し、スタバでコーヒーを買ってソーホー辺りを歩く。眼に写る全ての物を俺は焼き付けたかった。街の匂いもね。'90年に初めてロンドンに来た時、街を歩いてみて判った、ビート・ミュージックからブルース/ハード・ロック、プログレにグラム、パンクからテクノ/ハウスまで、何故ああいう音楽がこの街から生まれて来たのか、理屈じゃなく感覚的にだけど「あー、なるほどなぁ」と感じたのだ。同時にこの街には自然と音楽が文化としてドッシリと根を降ろしているという事も。何処を歩いても音楽はこの街と共にある、それは風景に溶け込んでいる様だ、こちらの思い入れのせいかも知れないけど。
2日程前に地下鉄でこんな場面に出くわした。とある駅でドアが開くとギターを肩に提げた青年が乗り込んで来た。彼は「僕の名前は…です、1曲歌うので聴いて下さい」とペコリと頭を下げるとギターを弾き歌い始めた、アイリッシュ風の勇ましい曲で哀愁あるメロディの中々良い歌だったが、感心したのは揺れる(それもかなり)地下鉄の中でギターのミスも、よろける事も無く見事に歌い切った彼の腕の確かさだ。そして周りの乗客達と言えば迷惑そうな顔をするでもなく、皆平然と新聞を読んだり話したりしている。別に珍しい事ではないんだね、ごく普通の光景として自然に受け入れている感じなのだ。素敵だなぁ。彼は歌い終わると次の駅で降りて行った…バスキング、地下鉄駅構内や街中等あらゆる所で見掛けたが俺の知る限り殆どの人達はプロ級の腕前だ。ギターやバイオリン、サックス等、特に駅構内は音が良く響くので素晴らしいサウンドが聴こえてくる。そしてバスカー等が居なくとも俺には聴こえてくる音が確かにあった。
6日間の滞在で感じた事、飽くまで主観だけどロック的な価値観を求めたら今のロンドンは死んでいる、かつての燃えるロンドン、カウンター・カルチャーとしてのロックは今のロンドンには存在しない。クラブ・シーンの方が盛り上がっている様子だし、パンクスもモッズやロッカーズも殆ど見当たらなかった。しかしロックの歴史は消えるべくもなくそのまま文化として根をはり、生き続けている。俺はハッキリと理解出来た。本当に良かった!それが知りたくてやって来たのだ。街から溢れ出すそのサウンドを聴きたくて…テムズ川の辺、ウォーター・ルーを歩けばキンクスが聴こえて来たし、かつてマーキー・クラブがあったワーダー・ストリートからはフーやヤードバーズのR&Bが…オッ
クスフォード・ストリートの喧騒の中からはジャムのジャンプ・ビートが…俺は確かに聴いた、街のサウンドを!いつか俺はまたそれを聴きたくて帰ってくる事だろう。さようならロンドン、また会うその日まで…!
P.S. 日本に帰って来て直ぐ確認した、カムデンのREHEARSAL REHEARSALSがあった場所を。何とそこはステイブルズ・マーケットの門をくぐった正面、つまりLONDON CALLINGのポスターが貼られたプラウド・ギャラリーのある建物だったのだ、クラッシュのリハーサル場所がR&Rフォト・ギャラリーに…!1stのスロープはその向かい側だ、これで全てのStoryが一致した。ああ、ロンドン…なんて最高なんだ!
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エルジン・アヴェニューでの感動と興奮が覚めやらぬまま再びカムデン・タウンへ。今度は初期のクラッシュが根城にしていたリハーサル場、「REHEARSAL REHEARSALS」を探すのだ。かつては列車の操車場の一角にあったそのリハーサル場の様子は初期の写真やビデオ/DVD『PUNK IN LONDON』等で観る事が出来る。そしてあのファースト・アルバムのジャケット写真もその周辺で撮影されたものに違いないのである(リハーサル場でのシーンを含む同じ衣装&髪形の写真が何パターンも存在するから)。当時ここにマーケット等は無かった筈だし、写真や映像から受ける印象では、見るからに不法居住者の溜まり場といった小汚い所だ、しかし30年の年月はここを若者の集うロンドン随一のストリート・マーケットへと変えてしまった…建物自体は当時のままの古い面影を残しているのだが、果たして「ここだ!」と明確に判る姿を今も見せてくれるのだろうか?頼りは2年前の情報(#2で書いた番組 ELVIS)、その場所はステイブルズ・マーケット内にある事、そしてそこには名前を受け継いだ「REHEARSAL REHEARSALS」という名前の洋服屋(古着屋?)があるという事。だからその店さえ見つければ良いはずなのだ。広いマーケット内をブラブラと歩き廻るがそんな店は無い、2年経ってるから店も変わってしまった可能性はある、それはマズイ…。そうこうしているうちに入口近くまで戻ってきてしまった。エルジン・アヴェニューのように上手く辿り着く事は難しいかもなぁ、と、ある建物の壁一面に見覚えのある大きなポスターが…ペニー・スミスが撮った『LONDON CALLING』のジャケット写真ではないか。1階は古着屋&Tシャツ等の土産ショップ、2階は「プラウド・ギャラリー」とあるから上ってみる。するとそこはペニー・スミスを始め、ボブ・グルーエンやミック・ロック、ノーマン・シーフ等が撮影した多くの有名ミュージシャンの写真が飾られたR&Rギャラリーだった。各写真は額に入れられ、売られているという訳である。どれもさすがに高値が付けられていて手が出ない、欲しいなぁと思った作品はたくさんあったんだけどね。たっぷり堪能してから階段を降り表へ出た瞬間、眼の前にハッと息を呑む光景が飛び込んで来た、緩やかな上り坂、煉瓦造りの壁、頭上には剥き出しの鉄筋のアーチこそ無かったが、これまで何百回いや何千回とジャケットを眺めて来た俺には判る、ここがクラッシュ1stの撮影場所に間違いない!よく見ればスロープだった床面は階段に変わりその先には美容院がある、つまり今はそこへの通路として使われているのだ。ともかく残っていて良かった…これだけでも来た甲斐があった。そう、その時俺には確かに見えた!廃墟に佇む3人のパンクロッカー、胸にユニオン・ジャックを付けたポール・シムノン、ポケットに手を突っ込み上目使いで睨むミック・ジョーンズ、真ん中後方から凄む白いパンツのジョーストラマー、その幻を…!
結局「REHEARSAL REHEARSALS」は何処だったのか判らないままカムデン・タウンを後にしたが、俺の心は満ち足りていた。ロイヤル・アルバート・ホール、ブリクストンにエルジン・アヴェニューにカムデン・タウン、なんてR&Rな1日だったのだろう。生涯忘れられない位の長くて最高な日を過ごせたから。さぁ、締め括りに「STICKY FINGERS」でディナーと洒落込もう!そして明日、日本へ帰ろう。
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今回の旅のハイライト、ウェストボーン・パークへ移動。エルジン・アヴェニューを目指す…今回のロンドン行きのきっかけとなった事の1つに、一昨年暮れのジョー・ストラマー展がある。それは素晴らしい展示会だったが、中でも興味深かったのはThe 101ers時代の写真の数々であった。ジョーの本格的な音楽活動の原点である101ers、ウォルタートン・ロード101番地からネーミングされ、シングル「Keys To Your Heart」1枚だけを残したパブ・ロック・バンド、後日発表になったアルバム『ELGIN AVENUE BREAKDOWN』には若き日のジョーの生き生きとした歌声がたっぷりと詰まっていて俺は大好きなんだ。展示された写真を見ながらエルジン・アヴェニューへ行ってみたいとの思いが沸々と湧き上がって来た、そう、俺達ストラマーズのバンダナやCDをずっと大事に持っていてくれたジョー、墓参り(墓は無いという話もある)等が叶わないのならばせめてエルジン・アヴェニューへ出向いて、ジョーの魂の一片とでも触れ合う事が出来たら…それが30年近くに渡るいちファンとしての正直な気持ちだった。いつか実現させるぞってね…しかしエルジン・アヴェニューを地図上で探し出すのは一苦労だった、殆ど勘に頼ってエリアを絞りながら探す。キーワードは「ウェスト・ウェイ」、「カムデン・タウン」等、するとあった!やはり思った通りだ、そこは後のジョーとゆかりの深いノッティング・ヒルの北側で、ウェスト・ウェイをくぐった向こう側。そしてロンドンSS〜クラッシュ初期にミックが祖母と暮らしていたロイヤル・オークからもすぐ近くであった。やはり2人がバンドを組んだのは運命だったと思えてならない。
ウェストボーン・パーク駅周辺で道に迷い再び地図とにらめっこ。この辺りもまた周りにはなーんにも無い、俺は辿り着けるのだろうか?凍えるような寒さの中、不安がよぎる。ウェスト・ウェイを背にして、えーっとGRAND UNION CANALという運河を渡って…あっアレかな…ひたすら歩く…途中には巨大なバス・ターミナル駅があった。セントラル・ロンドンの各方面にはここから行けるのだな、ジョーもきっとこのターミナルを随分と利用したんだろうなぁ等と考える。緩い坂を上りきった所に街並が現れた、3つの通りが交差している。一つは今歩いて来たグレート・ウェスタン・ロード、そしてハロウ・ロード(ミックのBAD‖の曲名にある!)、最後にウォルタートン・ロード!標識には「ELGIN AVENUE」の文字が…嬉しくて泣けてきた、とうとうやって来たのだ!とうとう…
そこはいかにも労働者階級のコミュニティといった所で小さいけど活気のある街だった、楽器店やらレコード屋、パブにレストランといかにも下町といった雰囲気が漂っている、住んでる人々の肌の色も様々だ。101ersのけたたましいR&Bは正しくこの街から生まれ落ちたサウンドだったんだなぁ、俺は納得した。おそらく観光客など誰一人来る訳もないこの地で、しかもケッタイな日本人が嬉々として写真撮影をしている姿を皆いぶかしそうに見ている、「ナニヤッテンダ、コイツハ…?」構うこっちゃない、俺はモーレツに感動してるのだ。俺が何故ここにいるのか解るかい?皆ジョー・ストラマーという男を知ってるだろ?その偉大なパンク・ロッカーとそのグループはこんな日本人の男の人生を変えただけでなく、遥々この街まで遂に呼び寄せちまったんだぜ…!
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Feb.2(Thu)
いよいよ旅もあと2日で終わりだ、しかも明日の昼前にはヒースロー空港へ向かわなければならない。1日フルに動けるのは今日が最後、いつもより早くホテルを飛び出す。まずはロイヤル・アルバート・ホールへ、60年代にストーンズを始め、ジミヘン、クリームやツェッペリン等の伝説的な名演で知られる巨大なドーム形の劇場である。ビクトリア王朝時代を代表する建築物、赤レンガ造りの外観は見事なものだ。事前に抱いていた印象通りここはブリティッシュ・ロックのまさしくステイタス・シンボル的なライヴ会場、きっと俺のヒーロー達にとっても特別な思いがあった事だろうね。通りの向かいにあるアルバート公の記念碑目当ての観光客を乗せたバスが引っ切りなしにやって来て、中々ホール全体の写真を撮りたい俺の邪魔をしてくれる、バスが一緒に入っちゃうじゃん…仕方ねぇな。
ここへ来る途中にはロンドン・インペリアル・カレッジや王立音楽学校等があって、そこの生徒なのか制服の女子学生達とたくさんすれ違った。「おー、ハーマイオニーが一杯いるぜ!」と盛り上がる俺を珍しい生き物でも見るように、皆さん変な眼をしながら通り過ぎて行きました…。
次はブリクストンへ。ヴィクトリア・ラインに乗り換えピムリコを過ぎる頃には車内は異様な程ガラガラ、貸し切り状態で到着。駅前でちょっと一服してるとホームレスの男が近付いてきた。ボロボロの服、壊れた靴の爪先から足の指が全部覗いている。「お願いだ、煙草を恵んでくれないか?プリーズ・ヘルプ・ミー…」ガタガタと震えてるこの男に1本あげ火をつけてやると「オー・サンキュー…サンキュー…」と力無く言いながら俺の肩をポンポンと叩いて去って行った、以前に較べれば貧民街といったイメージはだいぶ払拭されつつあると言われているブリクストンであるが、やはり貧富の差は歴然と残るという事か。前回、前々回とブリクストン・アカデミーでは貴重なライヴを体験出来た、SLF、ダムド、ヴァイブレーターズ、ラモーンズ、ストラングラーズ、そしてポーグス・ウィズ・ジョー・ストラマー…オール・スタンディングのバカでかい会場は雰囲気も最高、若いキッズ達はグッズ売り場でツアーTシャツを買うとその場で袖を通して会場になだれ込んで行く、奇声を上げながら、皆とにかく徹底的に楽しんでやろうという気持ちが満ち溢れているのだ、俺も最前列で揉みくちゃになりながら我を忘れて酔いしれた、素晴らしい思い出だ。今回スケジュールを調べたのだがめぼしいライヴは残念ながら見当たらなかった、明日の夜再結成バウハウスがあるのだが俺はその頃雲の上…観れる訳もなかった。さあ先を急ごう!
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