2006年05月のロックンロール・レコード

[SIDE 33]  COMPLETE OF KING YEARS / THE BADGE(2005)

バッヂ1984〜1985年の作品集、最も精力的に活動していた頃の熱い記録である。
バッヂを初めて観たのは1982年6月、ジャムの日本公演。まだデビュー直前の頃だったけど「カッコ良いバンドが出て来たらしいよ」と俺達の周りでは既に話題になっていたから、俺は楽しみにして日本青年館へと出掛けたんだ。勿論その期待は裏切られる事は無く、俺は大ファンになってしまったという訳である。その時の印象は強烈で、サウンド的に進化したその頃のジャム以上にジャムらしくて、イキが良くて、ブリティッシュ・ビートへの愛情を「今、この一瞬」に叩き付ける様な熱いステージだったと記憶している。
その頃俺はトリオのバンドをやっていた。ジャムの曲名からとった「THE DIFFERENT'S」、それがバンド名だった。勿論プロになる事を目指して曲作りにライヴに励んでいたよ。たくさんのヒーローやアイドルがその頃いたけど、バッヂの登場はまた1つ目標にするバンドが増えた事を意味していた。
あれはいつだったか、バッヂが1stアルバムを発表してから暫く経った頃、1983年11月頃かな、俺達がいつものようにリハーサルで渋谷のスタジオに集まった時、偶然にもバッヂもリハーサルにやって来ていた。マネージャーらしき人も一緒だったと思う。受付ロビーの所で「おい、見ろよバッヂがいるぜ!」とこっちでヒソヒソと話してたんだけど、ウチのドラムのヤツが突然「なぁ、前座やらせてくれって頼んでみるか?ダメ元で」と言ったと思ったらもうバッヂの所に向かって歩いてた…実はヤツの彼女が特にバッヂファンだったから、彼女を喜ばせたい気持ちと勿論バンドの為の行動でもあったのだ。結果は「OK!」、こうして俺達は翌週の渋谷Egg-Manでのバッヂ公演のオープニング・アクトとして出演させてもらったのだ。気合い入ったね!そしてこの時初めて俺はプロの洗礼ってやつを受けたのだった、そう、プロとアマチュアの差をイヤという程味わったのだ。俺達はベストを尽くしてプレイしたけどサウンドの切れ味や疾走感、デカイ岩(ロック)の塊のようになって押し寄せる音、そして楽曲のクオリティ、その全てに圧倒された。良い経験をさせてもらったよ。
それから2週間程経ったある日、これまたいつものようにバイトに出掛けた俺は、その日の現場である渋谷のとあるビルで仕事をしていた。そこは1〜2階が飲食店街になっていて、昼休みや帰りにバイト仲間とお茶する喫茶店があった。なんとその店でバッヂのベースの田中信昭さんが働いていたのだ!俺はビックリした、デビューしたからってすぐに食って行ける程日本のロック・シーンは甘くないという事くらい聞いていたが、まさか自分の現場で遭遇してしまうとは…俺は悩んだけど先日の前座の件のお礼を言いたかったので、思い切って店に入って声を掛けた。信昭さんはたぶん迷惑だったと思うけど「あー、あん時のバンドの子か、コーヒーでも飲んで行きなよ」と一杯おごってくれた。気さくな人柄に俺も恐縮してしまったけど、俺は嬉しかったなぁ。バッヂとはその後もスタジオでたまに顔を合わせ、信昭さんとは現場で会ったけど、友達ヅラして馴れ馴れしくするような厚かましい真似は出来ない俺達だったし、あの頃はバンド同志がツルムなんて事は余り無かった様に思う。前座は1回きりだった。
「THE DIFFERENT'S」は1985年に、バッヂも1986年には解散してしまった。もっと最悪な事に信昭さんは1999年に亡くなってしまったのだ(ああ…)。あの人はビートル・フリークを体言した素晴らしいベーシストでヴォーカリストだった。俺達はともかくバッヂのような最高のバンドが売れなかったのは今でも残念に思う。このCDに収められた「A列車を飛び降りろ」や「MESSAGE FROM U.K.」、「IN THE STREET」、「ONE BOY IN TOKYO」といった名曲を聴き返し思い出すのは若く、楽しかったけれど、苦くもあったあの頃の事だ。あの日々に感じた事全てが確実に今の糧となり、今も走り続ける事が出来る確かな力となってこの胸の奥で燃え続けている。何故って俺は10〜20代とヤケドするような熱いロックを聴いてきたからさ。このバッヂのような!本音を言わせて下さい、再評価?やっと解ったかい!天国の信昭さん、そうでしょ…!
(2006.05.17)

[SIDE 32]  TOUCH / THE BADGE(1983)

久しぶりです。ロンドン レポートで力尽きた訳じゃないんだけど暫く休ませて貰いました。ゴメン!再開した以上定期的に更新して行くつもりなんでヨロシクね。
1980年代に入ってから日本にもパンク/ニュー・ウェイヴに影響されたバンドが続々と登場してきた、ARBやルースターズ、ロッカーズ、モッズ等熱心に聴いたものだよ。中でもこのバッヂは特にお気に入りだったのさ、それまでに無かったロンドンの薫りをストレートに感じさせてくれるバンド。俺は待ってたんだ、こんなバンドの登場を!バッヂにはビートルズがあり、フーやキンクスもあってジャムがあった。このアルバムにも「LADY ON THE RADIO」(ジャムの「GIRL ON THE PHONE」に対抗してる?)、「GOING BACK TO MY 60'S」、「飛べない天使」とか、そりゃもうタイトルを聴いただけで胸躍るような名曲が入ってます。極めつけは「UNION JACKに魅せられて」、超名曲!まるでどっかのロンドン被れ君の為にあるようなタイトルじゃないか(笑)
アルバムだけじゃないんだぜ、デビュー・シングル「ふたりのフォトグラフ」の甘く切ないメロディとビート感の素晴らしさ!ハーモニーもバッチリ、「海が見たくていつも、車とばしたWeeKend」なんて歌われたら、心はブライトンまで飛んで行ってしまう、あの映画『さらば青春の光』の様に…胸をわしづかみされるGソロのメロディ…、グッとくるよ。B面の「うかれ気分でDancing」も良いなぁ、初期のフー・ファンにはこのサビはたまらないねぇ。
だけどこんな素晴らしいバンドが売れなかった時代でもあった、近年の再評価はいちファンとして本当に嬉しいし、誇りに思います。バッヂは懐古趣味に走る事無く、パンキッシュなビートとスピード感を持って走り抜けていたからこそ今でも古くならないのだと思う。
ファンとしてだけでなくバッヂとは当時少々関わりもあった俺なんで、思い入れタップリで次回に続きまっせ!
(2006.05.08)

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