
モット・ザ・フープルというバンドの事が気になり始めたのはいつ頃からだったかな、中学生の時夢中だったキッスの『DESTROYER』の中に「GREAT EXPECTATIONS」というドラマチックな曲が入っていて、それは当時のキッスとしては考えられない程の異色の曲で新しい試みと言われたものだが、渋谷陽一氏のライナーに「一時期のモット・ザ・フープルを思わせる〜」と書かれていて「ふーん、モット・ザ・フープルかぁ…」と思ったのが多分きっかけだろう。
その後クラッシュと出会ってミック・ジョーンズがモットの熱烈なファンだったという話を聞いた、クラッシュの2ndアルバムにはモットの代表曲「ALL THE YOUNG DUDES」(すべての若き野郎ども)をモロに思わせる「ALL THE YOUNG PUNKS」(すべての若きパンクスども」があって、『LONDON CALLING』では初期モットのプロデューサー、ガイ・スティーヴンスを迎え、ミックが歌うドラマチックな「THE CARD CHEAT」と、これではもはや聴くしかないだろうと、レコード屋に走った訳である。
流石に俺もグラム・ロックの全盛期は小学生、リアルタイムではよく知らないからさ、T・レックスもスレイドもボウイ(ジギー・スターダスト)もこの流れで後追いで聴いたんだ。モットはグラム・ロックとはちょっと違うがパンク以前にロンドンが燃えていた時代を代表するバンドである。
ディラン・ミーツ・ストーンズという触れ込みで1969年にデビューしたモット、4枚のアルバムを発表し熱いライヴを展開するもセールス的にはいずれも不発。とうとう解散を決めたモットに救いの手を差し延べたのはデヴィッド・ボウイ、名曲「ALL THE YOUNG DUDES」を提供しアルバムのプロデュースを買って出た、それが前作。見事復活したバンドが作り上げた最高傑作がこのアルバムである。グラム一派やボウイから距離を置きセルフプロデュースした姿勢もカッコ良いと思う。ボブ・ディランに強い影響を受けたイアン・ハンターのワイルドでぶっきらぼうだが非常に歌心を感じさせるヴォーカルと、ストーンズ的なリフの中にブリティッシュらしい泣きのフレーズを折り込むミック・ラルフスのギターが上手く絡み合い、ピアノやサックスも入ってモット独自の世界を展開している。オープニングの軽快なR&R「ALL THE WAY FROM MEMPHIS」から「WHIZZ KID」への流れで一気にモット・ワールドに引きずり込まれ、グラム時代らしいキラキラしたポップチューン「HONALOOCHIE BOOGIE」(名曲!)ではゴージャスなロンドン・ポップを聴かせてくれる。後のパンク世代にも支持された「VIOLENCE」や「DRIVIN' SISTER」等の荒々しいR&Rからはイアンのカリスマ性も透けて見えてくる。しかしこのアルバムのハイライトは「BALLAD OF MOTT THE HOOPLE」を於いて他に無いだろう、サブ・タイトルに"1972年3月26日、チューリッヒ"とあるのは彼らが解散を決めた日の事で、ボウイの連絡を受けて再起を賭けた思いが歌われている。「ロックンロールは敗者のゲーム、何故ロックするのか、説明出来ないけれど心に沸き上がるこのフィーリングは消す事は出来ない」と歌われるこのバラードこそモット・ザ・フープルの本質だと俺は思う。R&Rに対する想いと自らの軌跡を綴った男のバラード、そうモットは男のロマンを感じさせてくれる偉大なブリティッシュ・ロック・グループだった。