2008年05月のロックンロール・レコード

[SIDE 52]  WORLD WAR III / MIKEY DREAD(1980)

マイキー・ドレッドが病気で亡くなったと知ったのは暫く前の事だった。長い事入院していたらしい。偉大なダブ・マスターでありDJだった。別に大ファンだったなどと言う程、熱心に聴いていた訳じゃないけれど、マイキーはエレン・フォーリーやタイモン・ドッグ、ミッキー・ギャラガー等と同じようにクラッシュ・ファミリーの一員で、その中でも最も大きな影響を彼らに与えた人だったと思っている。その最大の成果が『SANDINISTA!』であり、「BANKROBBER」だ。『SANDINISTA!』での全てのトラックに掛けられた深いエコー、それは最初のコラボレート作品となったシングル「BANKROBBER」のサウンドを推し進めたものに違いない。
このアルバムはマイキーの代表曲「THE JUMPING MASTER」を含む傑作アルバム。クラッシュが受けた影響と同じく、マイキーもまたクラッシュから大きく影響されたものがあった筈。タイトルの『第三次世界大戦』からして、ニカラグアのサンディニスタ政権革命を始め政治的なテーマを取り上げ、社会の矛盾を突きながら世界を変えようと歌っていたクラッシュに共鳴してのものではないか。
ジャケもカッコ良くて、このアルバムを当時レコード屋で見つけた時は興奮したものだ。裏のクレジットを読んで更に興奮!SPECIAL THANKSの所に"THE CLASH"〜ポール、ジョー、ミック、トッパー(という順番で)そしてミッキー・ギャラガーの名前がある。 レコーディング自体はジャマイカのCHANNEL ONE STUDIOだが「JAH JAH LOVE」という曲だけはWESSEX STUDIOでのMIX、更にアルバム全部のREMIXもそこでやっている。WESSEX STUDIOと言えば『LONDON CALLING』が制作された所。しかもミックス・エンジニアはビル・プライスとジェレミー・グリーンのコンビで『LONDON CALLING』と同じだ。つまり制作時期が同じという事だろうか、これは。ひょっとしてクラッシュがバックを務めているのかも、いやそうに違いない!果たして家に急いで帰って聴いてみた。「JAH JAH LOVE」では確かにフェイザーを掛けたギターの音が聴こえる、この音は「JIMMY JAZZ」や「RUDIE CAN'T FAIL」等で聴く事ができるミックのギターと同じ音ではある、だけどミックが弾いているのかと言われたら、どうもよく判らない。いかにもミックというフレーズは出て来ないからだ。ベースやドラムに関してもそれは同じである、勿論ジョーの声も出ては来ない。うーむ…
俺が持ってる1980年のハマースミス・パレイスでのクラッシュのライヴ・ブートレッグではマイキーをゲストに迎えて「BANKROBBER」と共に「THE JUMPING MASTER」も一緒にプレイしてるのだけどね…そう、1980年の16 TONSツアーはマイキーとミッキー・ギャラガーが加わった豪華なツアーだった。「BANKROBBER」のビデオ・クリップでもほんの少し観る事ができるけど、このツアーは本当に観たかった。クラッシュの来日は2年遅かったのだ。
マイキーはボブ・マーレイやジミー・クリフのような、素晴らしい歌声で魅了するシンガーではない。歌うというより語るようなDJスタイルで、あくまでサウンド・クリエイターなのだ。しかしあの印象的な声はどこかユーモラスで、親近感を覚えずにはいられないものだった。ダブを広くロック・ファンに浸透させた功績は大きい。特に「ONE MORE TIME」/「ONE MORE DUB」のカッコ良さは俺の中でいつまでも生き続ける事だろう。
(2008.05.01)

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